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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)1616号 判決

判   決

東京都墨田区寺島町四丁目三十九番地

原告

多田定治

同所同番地

原告

株式会社多田製作所

右代表者代表取締役

多田定治

右両名訴訟代理人弁護士

井出正敏

井出正光

同区吾嬬町一丁目九十一番地

被告

有限会社大木製作所

右代表者代表取締役

大木啓造

同町西五丁目九十一番地

被告

大木啓造

右両名訴訟代理人弁護士

吉森喜三郎

右当事者間の昭和三六年(ワ)第一、六一六号損害賠償請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

被告らは、各自、原告多田定治に対し、金二万一千八百二十三円七十五銭およびこれに対する昭和三十六年三月二十九日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告多田定治のその余の請求および原告株式会社多田製作所の請求は、棄却する。

訴訟費用中、原告多田定治と被告らとの間に生じた部分は、これを二分し、その一は同原告の負担とし、その余は被告らの負担とし、原告株式会社多田製作所と被告らとの間に生じた部分は、同原告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、かりに執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら訴訟代理人は、「(一) 被告らは、各自、原告多田定治に対し、金四十三万六千円、原告株式会社多田製作所に対し、金二百六十九万一千四百二十七円、および、これに対する昭和三十六年三月二十九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めた。

二  被告ら訴訟代理人は、「(一) 原告の請求は、いずれもこれを棄却する。(二) 訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

請求の原因等

原告ら訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり述べた。

(原告らの有する権利)

一  原告多田定治(以下、原告多田という。)は、左記実用新案の権利者であり、原告株式会社多田製作所(以下、原告会社という。)は、その実施権者である。すなわち、

(一) 原告多田は、昭和三十年二月十五日出願、昭和三十一年二月二十四日公告、同年五月二十九日登録の実用新案登録第四四五、四一一号名称「二連銃玩具」の権利者である。

(二) 原告会社は、昭和三十一年五月頃、原告多田から、前記実用新案権につき、範囲は全部、実施料は無料の約定で、その実施の許諾をうけたものである。

(本件実用新案登録請求の範囲)

二 本件実用新案の願書に添附した明細書の登録請求の範囲の記載は別紙(一)該当欄掲記のとおりである。

(本件実用新案権の要部および目的)

<省略>

(被告らの製品)

四 被告らの製品は、別紙(二)および同(三)の各図面記載のとおりである(以下別紙(二)の図面に記載されているものを「旧型」といい、同(三)の図面に記載されているものを「新型」という。)。

(被告らの製品の特徴)<省略>

(本件実用新案と旧型および新型の対比)<省略>

(損害賠償請求)

七 原告らは、被告らに対し、次のとおり、損害賠償の請求をする。

(一)  原告多田の請求

(1) 被告会社は、旧型および新型を、昭和三十五年四月頃から同年十一月頃までの間に、少くとも、合計二千三百十三ダース製造し、そのうち財団法人日本金属玩具協会の検査に合格した二千百八十ダースを、「スーパーガン」という商品名を附して販売した。

(2) 本件実用新案権は、昭和三十四年以前から、玩具製造業界において、広く知れわたつていたものであるから、玩具製造業を営む被告有限会社大木製作所(以下「被告会社」という。)の代表取締役である被告大木啓造は、その存在および内容を前記旧型および新型の製造販売当時、知つていたものであり、また、その製造販売が本件実用新案権の侵害となることも知つていたのである。かりに、これを知らなかつたとしても、過失によつて知らなかつたものである。なお、原告多田は、昭和三十五年二月二十六日付内容証明郵便で、被告会社に対し、その製造販売する二連銃玩具が本件実用新案権の侵害となるから即時その製造販売を中止するよう申し入れ、右内容証明郵便は同月二十七日被告会社に到達しているから、これによつても、被告会社の代表取締役である被告大木は侵害となることを知つていたものである。

(3) しかして、被告大木は、みずから企画して、前記旧型および新型の製造販売の実行に至らしめ、その製造販売により原告の本件実用新案権を侵害したものであるから、右行為により原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。また、被告大木のその企画および製造販売の実行は、被告会社の代表者としての職務を行うについてされたものであるから、被告会社もまた、この行為によつて原告に加えた損害を賠償する責任がある。

(4) 被告会社は、右旧型および新型を、一ダースあたり最低金八百五十円で販売し、少くとも、一ダースあたり金二百円、二千百八十ダース分では合計金四十三万六千円の純利益を得たので、実用新案法第二十九条第一項によつて右金額は実用新案権者である原告多田の受けた損害の額とされるものである。ちなみに、原告多田自身は本件実用新案の実施をしていないけれども、同項の規定は、権利者自身の実施の有無にかかわりなく適用さるべきものである。かりに、そうでないとしても本件実用新案権の実施に対し通常受けるべき金銭の額は、旧型および新型とも、一ダースについて、最低販売価額金八百五十円の一割金八十五円、二千百八十ダース分では合計金十八万五千三百円が相当であるから、実用新案法第二十九条第二項の規定により、右金額が原告多田の受けた損害額とされるものである。

(二)  原告会社の請求

(1) 被告会社は昭和三十四年十二月頃から、故意または過失により、本件実用新案権を侵害して、旧型および新型を製造販売したが、その製造販売にあたつては、材料として原告会社の使用するものより薄い鉄板を使用するなどして品質を低下させて単価を安くし、一ダースあたり金八百五十円から金九百円で販売した。しかして被告会社代表者である被告大木は、原告会社が本件実用新案権について通常実施権を有して、その実施品たる前記二連銃玩具を製造販売しており、被告会社の右製造販売が原告の通常実施権の侵害となることを知つていたものであり、万一これを知らなかつたとしても、過失によつて知らなかつたものである。

(2) 原告会社は従来、前記二連銃を一ダースあたり最低九百八十円で販売しており、本件実用新案権の唯一の通常実施権者であつた関係上、完全に値崩れを防いで来たのであるが、被告会社の右販売により、販売先から強く値下げを要望され、ついに昭和三十五年一月から同年十二月までの間に、別紙(四)記載のとおりの値下げをして販売せざるをえなかつた。また当時は人件費原材料費等が急激に値上りして来たため、玩具業界では製品を一割方値上げして販売せざるをえない状況であり、原告会社においても他の製品については、一割方値上げをした。そしてこのような状勢にあつたことは、東京輸出玩具協会から各組合員に値上げ方の通達がされたことによつても、被告会社代表者である被告大木の熟知していたところであり、かりにこれを知らなかつたとしても、当然予見しうべきことであつた。しかるに、原告会社では前記二連銃玩具については一割方値上げをしなければ採算がとれない状況にありながら、前記旧型および新型の販売に対抗するため値下げをさせられ、値上げをすることができないまま、昭和三十五年六月から同年十二月までの間に五万三千四百九十一ダース販売せざるをえなかつた。しかして、被告会社が、前記のように旧型および新型の製造販売をしなければ、原告は右値下げをせず、少くとも一ダースあたり金四十七円(一ダースあたり平均販売価額金九百四十円の五分)の値上げをして販売することができたのであるから、前記のように値下げをしたことおよび、値上げができなかつたことによる損害は被告会社の前記製造販売によつて、原告会社の前記通常実施権が侵害されたことによるものである。

(3) したがつて被告らは、原告多田に対する前記(一)の(3)と同様の理由によつて、各自、原告会社の受けた右損害を賠償する責任がある。

(4) しかして原告会社は、前記のとおり値下げをしたため、金十七万七千三百五十円、また値上げをできなかつたため金二百五十一万四千七十七円、合計二百六十九万一千四百二十七円の得べかりし利益を失い、同額の損害をこうむつた。

(三)  よつて原告らはそれぞれ被告らに対し、各自前記各損害金およびこれらに対する不法行為の後である昭和三十六年三月二十九日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をすることを求める。

(被告らの主張に対する原告らの主張)

八、(一) 被告ら主張の答弁第三項の(一)の(4)の点が本件実用新案の要部に含まれることは争う。公報にある図面は実施例にすぎず、引金の構成、引金と作動枠との間隔、および作動片の長さ等に限定はないのである。また引金を函体に構成することは公知であるから、これによる効果として答弁第五項の(一)の(1)において被告の主張する横揺れ防止等の効果は、被告らの製品の特徴とはいえない。さらに同項の(一)の(2)において主張するように一セットになつていても、とくに調整、取付が簡単になることはない。

(二) 被告大木が被告ら主張の経過で実用新案の出願をし、それが公告になり、原告多田がこれに対し異議申立をしたことは認めるが、旧型および新型が右出願中の考案の実施品であることは争う。

答弁等

被告ら訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。

一、請求原因第一項について。

(一) 同項の(一)の事実は認める。

(二) 同項の(二)の事実は知らない。

二、同第二項の事実は認める。

三、同第三項について。

(一) 本件実用新案が要部として同項の(一)の(1)から(3)の構造を有していることは認めるが、これらはいずれも出願前公知である。すなわち

(1) 同項の(一)の(1)については、係合突片を使用する本件実用新案のような構造は、当業者間では「ひようたん」とよばれ、従来から公知である。また元折式(中折式ともいう。)の構造も、空気銃では明治時代から、二連銃玩具では昭和の初から槓杆式とともに当業者間でひろく行われている。

(2) 同項の(2)については、昭和十一年実用新案出願公告第一〇、八六〇号の公報により出願前公知である。

(3) 同項の(3)については、右公報において公知である押爪を設けた構造と類似の構造で、作用効果も同一である。

そして右公報による構造の玩具二連銃発「キルク」銃が公知であつたにもかかわらず本件実用新案が登録されたことから考えると、本件実用新案は、公報に示された構造に限定された、きわめて狭い範囲で権利を認められたものというべきであり、したがつて次の点も本件実用新案の要部に含まれるとしなければならない。すなわち、

(4) 前記引金23は、公報図面のとおり一枚の平板で構成されており、また作動枠25と引金23との間には相当な間隔があつて作動片28は比較的に長いこと。

(二) 本件実用新案によるものに、同項の(二)の作用効果があることは認めるが、一個の引金で二個のたまが順次発射される点は、

(イ) 昭和十一年実用新案出願公告第一〇、八六〇号の公報

(ロ) 昭和二十七年同第二、二二八号の公報

(ハ) 昭和二十九年から台東区浅草駒形二の五株式会社万代屋(山科直治)によつて商品として販売されている玩具銃

によつて出願前公知である。

四、同第四項について。

被告会社が昭和三十五年二月以前に製造した二種の玩具銃の構造が同項記載のとおりであることは認める。

五、同第五項について。

(一) 旧型が構造上同項の(一)の(1)から(5)の特徴を有すること、および本件実用新案によるものと同じ作用効果を有することは認めるが、その余は争う。旧型は右作用効果のほかに、

(1) 引金20が函体になつているので、これが平板状をなしている本件実用新案によるものよりも横揺れが少く、先発射の衝撃によつて後発射のものが誘発されることがないこと。

(2) 引金部分が銃体に取り付けられる以前に一セットになつているから、調整、取り付けが簡単であること。

という作用効果上の特徴をも有している。

(二) 新型が構造上同項の(二)の(1)から(5)の特徴を有していること、および本件実用新案によるものと同じ作用効果を有することは認めるが、その余は争う。新型は右作用効果のほかに、旧型と同じく、答弁第五項の(一)の(1)および(2)記載の作用効果上の特徴をも有している。

六  同第六項について。

(一) 同項の(一)の点については、旧型が構造上、本件実用新案の要部を構成する請求原因第三項の(一)の(1)から(3)の要件をそなえていること、および本件実用新案の有する作用効果と同一の作用効果をあげうることは認めるが、その余は争う。右(1)から(3)の点はいずれも公知であり、重要なものではなく、本件実用新案の要部としては、前記答弁第三項の(一)の(4)記載の要件が重要なのであるが、旧型はこの要件を欠くものであり、両者は構造が異つている。すなわち右(4)の要件により、本件実用新案の引金23は平板状であり、引金23と作動枠25との間に間隔があつて、作動片28が比較的に長いのに対し、旧型は引金20が断面コ字形の函形になつており、作動枠にあたるものが副板22として前記のように、引金20の側板に取り付けられており、作動片24は比較的に短いという相違がある。

また作用効果についても、本件実用新案による請求原因第三項の(二)の効果は前記のとおり公知であるところ、旧型には本件実用新案によるものが有していない答弁第五項の(一)の(1)、(2)という作用効果を有しているから、この点からも両者は同一とはいえない。したがつて旧型は本件実用新案の技術的範囲に属しない。

(二) 請求原因第六項の(二)については、新型が構造上、本件実用新案の要部を構成する請求原因第三項の(一)の(1)から(3)の要件をそなえていること、本件実用新案権の有する作用効果を有すること、および本件実用新案との間に原告主張のとおりの構造上の相違点があることは認めるが、その余は争う。新型は旧型と原告主張の右相違点を除けば、同一構造であるから、右(一)記載と同一の理由で、本件実用新案の技術的範囲に属しないばかりでなく、原告主張の右相違点も、本件実用新案権のように限定した考案に対して与えられた権利の場合には、単なる設計的変更ということはできず、この点からも新型は、本件実用新案権に触れるものとはいえない。

なお被告会社は被告大木の考案に基いて、右旧型および新型を製造販売したのであるが、右考案については被告大木が、昭和三十四年十月二十四日実用新案の登録出願をし、昭和三十六年四月十三日公告がされたが、これに対し昭和三十六年六月九日原告多田が異議を申し立て、現在審査中である。しかし右のように公告になつたことからみても、旧型および新型が本件実用新案の技術的範囲に属しないことは明らかである。

七、同第七項について。

(一) 同項の(一)の事実中、被告大木が被告会社の代表者であること、昭和三十五年四月当時、被告大木が本件実用新案権の存在を知つていたことおよび原告主張の内容証明郵便が到達したことは認めるがその余の事実はすべて否認する。原告主張の期間中に被告会社が「スーパーガン」として販売したものは旧型でも新型でもなく、全く別個の新々型であり、その販売数は二千百二十九ダース、販売価額は一ダース金九百六十円、その製造原価は金八百八十七円である。

(二) 同項の(二)の事実中、値下げしたことおよびその数量は知らないし、その余の事実はすべて否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

(当事者間に争いのない事実)

一  原告多田が、原告ら主張のとおりの経過で登録された本件実用新案の権利者であること、本件実用新案の願書に添附された明細書の登録請求の範囲の記載が別紙(一)該当欄掲記のとおりであること、旧型が別紙(二)の図面に、新型が同(三)の図面に、それぞれ示された構造のものであること、昭和三十五年四月頃、被告会社の代表取締役である被告大木が本件実用新案権の存在を知つていたこと、および、原告主張の内容証明郵便が昭和三十五年二月二十七日被告会社に到達したことは、いずれも本件当事者間に争いがない。

(本件実用新案権の要部等)

二 本件当事者間に争いのない前記登録請求の範囲の記載、成立に争いのない甲第二号証、および、鑑定人鈴木昌明の鑑定の結果によれば、本件実用新案は、

(一)  併列した銃身12を固定した前床部と元折式把手21とを互に回動できるように軸着し、銃身12の中に、先端部に活塞3を固定し撥条によつて常に活塞3が銃口に向つて弾撥されるようになつている作動杆1011を挿通し、その作動杆1011の後端後に係合突片1718を設け、これに牽引杆1920の先端を着脱自在に係合させ、牽引杆1920の後端は、元折式把手21に銃を二つ折りにするための軸と所要距離をへだてた位置に設けた軸22に装着したこと。

(二)  前床部の任意個所に、引金23を枢軸27に回動できるように支承し、引金23の上端には、係合突片17が係合する係合部24を形成するとともに、作動枠25を引金23とほぼ同様の回動ができるように任意の手段で支承(たとえば、枢軸27に支承)し、作動枠25の上端には、係合突片18が係合する係合部26を形成したこと。

(三)  作動枠25には、引金23と作動枠25とが作動杆1011と係合した場合に、引金23の適宜の個所(たとえば後側背部)との間にいくらかの間隔を保つような個所に、引金23の作動の終に押圧される作動片28を任意の手段(たとえば、作動枠25に一体に形成して折りまげる方法)で設けたこと。

の構造をその要部とするものであり、右構造により、

(四) 元折式把手21を折り曲げると、牽引杆1920は作動杆1011の後端部にある係合突片1718を牽引し、このため、作動杆1011、その前端部の活塞3および係合突片1718は撥条の弾撥力に抗して後退させられ、係合突片17は引金23の係合部24に、係合突片18は作動枠25の係合部26に、それぞれ係合し、その後元折式把手21を伸張すれば、牽引杆1920は、係合突片1718を係合部2426に係合した状態に置いたまま、原位置に遊動前進させられる。しかして、銃身12の先端にコルク等のたまをはめ込み、引金23を引くと、引金23が傾斜するため、その係合部24から係合突片17が離脱し、作動杆10はその先端部の活塞3とともに前進して銃身1のたまが発射されるが、この際には作動枠25は、その作動片28と引金23の前記個所とに間隔があるため、動くことはなく、次に、さらに引金23を引くと、はじめて、その前記個所が作動片28を押圧後退させることによつて作動枠25が傾斜するため、その係合部26から係合突片18が離脱し、作動杆11がその先端部の活塞3とともに前進して銃身2のたまが発射され、このようにして、一個の引金によつて二個のたまが、順次発射されること。

という作用効果を生ずることを、その目的とするものであることが認められ、これを左右するに足る証拠はない。

被告らは、いわゆる元折式銃ないし元折式玩具銃における本件実用新案における係合突片等の構造は出願前公知であり、作動枠25関係の機構は実用新案公告昭和一一―一〇八六〇号の公報による公知の構造に類似しているものであり、右公知事実の存在するにもかかわらず、本件実用新案が登録されたことら考えかて、本件実用新案の技術的範囲は、その公報の図面に示された構造に限定されなければならないとして、引金23が一枚の平板で構成されていること等答弁第三項の(一)の(4)の点を本件実用新案の要部であると主張するが、成立に争いのない、乙第八号証によれば、昭和十一年実用新案出願公告第一〇、八六〇号の公報に記載されたものは、銃把手とは別に設けた鍵の手形把手を前方に押圧することによつて二連銃の銃身内に挿通された曳杆を後退させて発射準備を行う構造であり、また、前発引鉄の前縁から切り出したU字形の押爪により後発引鉄の前緑を挾んで押圧することにより後発引鉄による発射をさせる構造であることが認められるから、右実用新案が本件実用新案と異る考案であることは明らかであり、また、この昭和十一年の実用新案の公報の存在を理由に、前記後発引鉄にあたる作動枠25に作動片28を設けて、これを前記前発引鉄にあたる引金23の背部で押圧する構造の本件実用新案において、その構造による前記(四)の作用効果に何らの関係も持たない引金の形状、作動枠と引金との間隔、作動片の長さ等を限定しなければならないいわれは全くないから、被告のこの点に関する主張は採用できない。なお、本件実用新案の要部を構成する要件の一にすぎない前記いわゆる元折式構造の部分が公知であつたとしても、これによつて、同(二)(三)の構造を、被告ら主張のように、登録請求の範囲に記載のない限定をすべき理由のないことは明らかである。さらに、被告らは、一個の引金によつて二個のたまが順次発射される考案が出願前公知であるとして、公知事実を主張するが、本件実用新案の考案は、前記の要部たる構造によつて右のような作用効果を有する点に存するものであり、作用効果が同一のものが公知であつたとしても、前記判断に影響がないこと勿論である。

(被告らの製品の特徴)

三 当事者間に争いのない別紙(一)および同(二)の図面に示された構造、ならびに鑑定人鈴木昌明の鑑定の結果によれば、

(一)  旧型

(1)  併列した銃身12を固定した前床部17と元折式把手18aとを互に回動できるように軸着し、銃身12の中に、先端部に活塞3を固定し撥条によつて活塞3が常に銃口に向つて弾撥されるようになつている作動杆45を挿通し、その作動杆45の後端部に係合突片1314を設け、これに牽引杆1516の先端を着脱自在に係合させ、牽引杆1516の後端は、元折式把手18aに銃を二つ折りにするための軸と所要距離はなれた位置に設けた軸19に装置したこと。

(2)  前床部の銃身12の後端延長部に軸架した枢軸26に、対向した側板をそなえた断面コ字状の函形に形成された引金20を、右両側板に設けた二つの支承孔(ただし、その一方は後記のように支承孔に嵌装された短管29)に右枢軸26を挿通することによつて、回動できるように支承し、引金20の上端には、係合突片14が係合する係合部21を形成するとともに、引金20の一側板に扇形の副板22を添設し、副板22自体から打ち出した筒状の短管29を引金20の前記側板の枢軸26に対する支承孔に嵌装し(すなわち、短管29は、引金20の前記側板に設けられた、他の側板の支承孔より大きい支承孔に遊嵌されて二重軸受装置をなすようにし)て、引金20に対して短管を中心として回動できるようにし(したがつて、副板22も枢軸26を中心として回動自在に支持される。)、副板22の上端には係合突片13が係合部23を形成したこと。

(3)  副板22には、これと一体に形成された比較的に短い作動片24および案内板25を設けてあり、作動片25は、副板22の後側下部の、引金20と副板22が作動杆45と係合した場合に引金20の後側背部との間にいくらかの間隔を保つような位置に、ほぼ直角に立設され、案内板25は副板22の上縁中部に、内側が引金20の前記側板を挾持するように下向きに折り曲げて形成してあること。

という構造上の特徴を有し、これにより、

(4) 元折式把手18を折り曲げると、牽引杆1516は作動杆45の後端部にある係合突片1314を牽引し、このため、作動杆45、その前端部の活塞3および係合突片1314は撥条の弾発力に抗して後退させられ、係合突片14は引金20の係合部21に、係合突片13は副板22の係合部23に、それぞれ係合し、その後元折式把手18aを伸張すれば、牽引杆1516は、係合突片1314を係合部2321に係合した状態に置いたまま、原位置に遊動前進させられる。しかして、銃身12の先端にコルク等のたまをはめ込み、引金20を引くと、引金20が傾斜するため、その係合部22から係合突片14が離脱し、作動杆5はその先端部の活塞3とともに前進して銃身2のたまが発射されるが、この際には、副板22は、その作動片24と引金20の後側背部との間に間隔があるため、動くことはなく、次に、さらに引金20を引くと、はじめて、引金20の後側背部が作動片24を押圧後退させることによつて副板が傾斜するため、その係合部23から係合突片13が離脱し、作動杆4がその先端部の活塞3とともに前進して銃身1のたまが発射され、このようにして、一個の引金によつて二個のたまが順次発射されること。

(5)  なお、案内板25は、(引金に係合する弾片27の弾圧力を副板22に伝え、)副板22を常時引金20と併列させ、引金の後側背部と作動片24との間に間隔を保たせておくこと。

という作用効果を有するものであり、

(二)  新型は、

(1)  旧型の有する前記(一)の(1)と同一の構造を有すること。

(2)  前床部の銃身12の後端延長部に軸架した枢軸26に、対向した側板をそなえた断面コ字状の函形に形成された引金20を右両側板に設けた二つの支承孔に後記短管3329を嵌装しその中に右枢軸26を挿通することによつて、回動できるように支承し、引金20の一側板には、扇形の重合板30を添設し、重合板30自体から打ち出した筒状の短管33を前記側板の枢軸20に対する支承孔に嵌装し、重合板30には、その後側下部に係止片31を引金の後側背部にあたるように重合板30と一体にほぼ直角に立設し、重合板30の上縁中部に内側が引金20の前記側板を挾持するように下向きに折りまげて重合板30と一体に形成した掴持爪32を設けてあつて、重合板30は引金20に対しては回動できないように固着してあり、重合板30の上端前部には、係合突片14が係合する係合部21を設け、引金20の他の側板には旧型と同一構造の引金20に対して短管29を中心として回動できるようにした扇形の副板22を添設し、副板22の上端には係合突片13が係合する係合部23を形成したこと。

(3)  旧型の有する前記(一)の(3)と同一の構造を有すること。

という構造上の特徴を有し、これにより、

(4)  「引金20の係合部21に」とあるのを「引金20に固着された重合板30の係合部21に」と、「引金20を引くと、引金20が傾斜するため、その係合部21から係合突片14が離脱し、」とあるのを「引金20を引くと、引金20が傾斜し、それに固着した重合板30が傾斜するため、重合板30の係合部21から係合突片14が離脱し、」とするほか、前記(一)の(4)の旧型の作用効果として記載したものと同一の作用効果

を有するものである。

(本件実用新案と旧型および新型の対比)

四 鑑定人鈴木昌明の鑑定の結果、および、旧型、新型の特徴に関する前認定の事実によれば、

(一)  旧型は、いわゆる元折式の構造としての前記三の(一)の(1)の点については、本件実用新案の要部である前記二の(一)と全く同一の構造であり、枢軸26の位置、引金20の形状、その支承手段、副板22から短管29を打ち出してこれを引金20の支承孔に嵌装し、かつ、案内板25を設けて支承した点および作動片の位置、長さにおいて、前記三の(一)の(2)および(3)のとおりの構造を有しているが、副板22が本件実用新案の作動枠25にあたることは明らかであり、また、前記諸点に関して本件実用新案の要部である前記二の(二)および(三)の各要件には何らの限定もなく、したがつて、旧型における右構造は、右各要件の構造の一実施態様にすぎないものであり、さらに、旧型が本件実用新案によるものと全く同一の作用効果を有するものであることも、前記二の(四)と三の(一)の(4)とを対比すれば、明らかであるから、結局、旧型は、本件実用新案の技術的範囲に属するものと認めるのが相当であり、

(二)  新型は、引金20の一側板に扇形の重合板30を添設し、重合板30自体から打ち出した短管33をその側板の支承孔に嵌装し、右重合板30を前記三の(二)の(2)記載のように係止片31と掴持爪32とにより、引金20に対して回動できないように固着し、その重合板30の上端前部に係合突片14が係合する係合部21を設けた点を除いては、旧型とまつたく同一の構造を有しており、右の点は、本件実用新案において前記二の(二)の引金23の上端に、係合突片17が係合する係合部24を形成したことと作用効果上何らの差異を生ずるものでなく、さらに、新型のように、係合部21を形成した重合板30を引金20と別体に形成してから固着するようにしても、本件実用新案における引金23から期待できないような別の作用効果を生ずるものではないから、この点は、本件実用新案の前記構造に比して構造上微差があるにすぎず、これと均等の範囲を出るものではないとみるべきであり、したがつて、新型の構造も、本件実用新案の要部である前記二の(一)、(二)および(三)のすべてを充足するものであり、さらに、新型が本件実用新案と同一の作用効果を有することは、前記二の(四)と三の(二)の(4)とを対比すれば明白であるから、新型も、本件実用新案の技術的範囲に属するものと認めるのが相当であり、これを左右するに足る何らの証拠もない。

なお、被告らが旧型および新型の有する作用効果上特徴として主張するところの、引金20の函形形状によつて、本件実用新案によるものより、横揺れおよび誘発の虞が少いという点は、本件実用新案の要部について、さきに当裁判所が認めたところと異る見解を前提とするものであるから、主張自体失当であり、また、その主張にかかる引金部分が銃体に取りつけられる以前に一セットになつていることによる作用効果は、旧型および新型がそのように一セットになつていることを認めるに足る証拠がない。しかも、かりに、旧型および新型に、本件実用新案によるものにない作用効果があるとしても、その作用効果を生ずるための構造について、別に実用新案等の権利が認められることがありうるに止まり旧型および新型が本件実用新案の技術的範囲に属するという前記判断に影響を及ぼすものではない。したがつて、被告大木が被告ら主張のとおりその考案について実用新案の出願をし、これが公告された事実は、本件当事者間に争いがないけれども、これが右判断に関係をもつものでないことは右説示のとおりである。

(しかも、鑑定人鈴木昌明の鑑定の結果その他の証拠によつても、旧型および新型は右実用新案の実施品を認めることはできないのである。)

(被告会社の製造販売等について)

五、<証拠―省略>ならびに、弁論の全趣旨を総合すれば、

株告会社は、昭和三十五年一月頃から二連銃玩具(商品名「スーパーガン」)の宣伝を始め、同年二月頃には、旧型の見本を少数製造して得意先に配布していたが、同年四月一日から同年七月末日までの間に、旧型および新型を合計千二十七ダース製造販売したこと、旧型および新型の販売価額(梱包料を除く。)が、いずれも販売当時一ダースあたり金八百五十円ないし九百円であつたこと、および、右製造販売等が、被告会社の代表取締役である被告大木の企画により、その職務の執行として実行されるに至つたこと。

が認められ、他にこれを覆すに足る証拠はない、しかして、

被告会社が、右数量および期間を超えて旧型または新型を製造販売したことについては、<中略>これを認めるに足る証拠はない。

(被告らの責任について)

六 昭和三十五年二月二十七日原告主張の内容証明郵便が被告会社に到達したことは前記のとおり争いがないから、被告会社の代表取締役である被告大木が、遅くとも、その当時から本件実用新案権の存在を知つていたことは明らかである(同年四月頃から知つていたことは被告らにおいても争わない。)。しかして、被告会社代表者である被告大木が、本件実用新案権の侵害になることを知りながら、その職務の執行として、被告会社において旧型および新型の製造販売をしたことを認めるに足る証拠は何ら存在しないけれども、旧型および新型が、前記四のとおり、本件実用新案の技術的範囲に属するものと認められる以上、特段の事情のない限り、被告大木は、実用新案法第三十条、特許法第百三条により、過失によつて、その職務執行による前記製造販売等をしたものと推定されるところ、本件においては、この特段の事情について何ら主張立証がないのであるから、結局、被告大木は、過失によつて、前認定のとおり、みずから企画し、被告会社における旧型および新型の製造販売の実行に至らしめて本件実用新案権を侵害したものであり、これによつて生じた損害を賠償すべき責任があるものというべきであり、同時に、右製造販売は、前認定のとおり、被告会社の代表者である、被告大木の職務の執行としてされたものであるから、被告会社も、また、右損害を賠償すべき責任があるものといわなければならない。

(原告多田の請求について)

七  原告らは、被告会社は、旧型および新型の製造販売により利益を得ており、この利益の額は、実用新案法第二十九条第一項により、原告多田の受けた損害の額と推定されると主張するけれども、原告多田自身が本件実用新案の実施をしていないこと(したがつて、実施による利益を得ていないこと、)は、原告らの自認するところであり、このような場合には、本件実用新案権の侵害によつて被告らがかりに利益を得ているとしても、その額をそのまま原告多田の損害の額と推定することはできないと解するのが相当であるから、原告のこの点に関する主張は採用できない。

よつて、進んで、予備的主張である相当実施料額請求の点について判断するに、鑑定人鷲見昭雄の鑑定の結果によれば、本件実用新案の実施に対し通常受けるべき実施料の額は、本件においては、被告製品の工場渡し値段から梱包代、輸送代を差し引いた額の二・五%を相当とするものと認められ、これに反する証拠はないところ、前認定の一ダースあたり金八百五十円ないし九百円という旧型および新型の価額は、右にいう梱包代輸送代を差し引いた額に相当するとみるべきであるから、原告多田は、前認定の侵害行為により自己の受けた損害の賠償として少くとも、一ダースあたり金八百五十円、千二十七ダース分の価額合計金八十七万二千九百五十円の二・五%である金二万一千八百二十三円七十五銭を、被告らが各自原告多田に支払うよう請求しうるものであり、したがつて、原告多田の請求は、右金員およびこれに対する不法行為の後である昭和三十六年三月二十九日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度では理由があるが、その余は失当といわなければならない。

(原告会社の請求について)

八 <証拠―省略>および弁論の全趣旨によれば、原告会社が、本件実用新案権について、原告らの主張するとおりの実施許諾を受けていることが認められるところ、原告らは、被告が旧型および新型を製造販売したことにより、原告会社の有する前記許諾による通常実施権が侵害され、原告会社が、本件実用新案の実施品として製造販売している二連銃玩具について、得意先から強要されて値下げ販売をするに至つたこと、および、業界における一般的な値上げの傾向に応じて値上げをしうべかりしところを値上げできなかつたことにより損害を蒙つた旨主張するので、まず、この点について判断するに、<証拠―省略>によれば、一応、原告主張のような値下げ、および、値上げ不能によつて生じた損害が認めうるようであるけれども、<証拠―省略>を総合すれば、昭和三十四年暮から昭和三十五年末までに原告会社の製造販売した二連銃玩具は長さ二十一インチのものであり、その大部分は引金二つを有するものであつたこと、前記、第八、第九号証中の値下げ、および、値上げ不能による損害の記載の根拠となつている二連銃玩具も、その大部分は引金二つを有するものであり、引金一つのものがそのうち最少限度どのくらいを占めているかは不明であること、ならびにこの種玩具の業者間では玩具銃の長さや、二連銃であるかどうかの点は、値段その他の取引上大きな影響を及ぼすが、引金が二つか一つかという点は、さして問題にならないこと、が認められ、他に右認定を左右すべき証拠はない。しかして、右事実によれば、結局、かりに原告会社の請求に関するその余の事実が原告ら主張のとおりであるとしても、被告らの侵害行為によつて原告会社の蒙つた損害の額については、その証明がないことになるものといわなければならない。すなわち、かりに、被告会社が旧型または新型を製造販売したことのみによつて、原告会社が、その販売する引金二つの二連銃玩具(これが本件実用新案の技術的範囲に属しないことは、前記二の理由に照らして明白である。)の値下げを余儀なくされ、その値上げを阻止されたとしても、それは、旧型または新型の製造販売が本件実用新案権ないしはその通常実施権を侵害したためではなく、ただ、旧型および新型が、原告会社のものと同様の長さの二連銃玩具であつたことによる結果であるにすぎないのであるから被告らの右行為による本件実用新案権またはその通常実施権に対する侵害と、原告の引金二つの二連銃玩具の値下げ不能による損害との間には因果関係がないことは明らかであるところ、前認定のように、値下げ分および値上げ不能分中どの程度引金一つのものがあつたかについては、これを明らかにすることができないからである。したがつて、原告会社の被告らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわなければならない。

(むすび)

九 よつて、原告多田の請求は、主文第一項掲記の限で、理由ありとしてこれを認容し、同原告のその余の請求、および、原告会社の請求は、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十二条本文、第八十九条を、仮執行の宣言については同法第百九十六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 竹 田 国 雄

裁判官楠賢二は、転補のため署名押印することができない。

別紙(一)ないし(四)<省略>

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